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「死の体験旅行」主催の僧侶・浦上さんに聞く、漠然とした不安と向き合う方法

不安を感じたら置くか流す。ダメなら歩こう。

150「死の体験旅行」を実際に受けに来るのはどんな方が多いんでしょうか。

150自分の周囲の人が亡くなった、あるいは重病になってしまったという方が一定数いらっしゃいます。「自分のお父さんは今どういう気持ちなんだろうか」とか。「亡くなったおばあちゃんは闘病中どういう気持ちだったんだろうか」というのを知りたいと。あとは、自分の人生に向き合ったり考えたりする機会を持ちたいという方たちですね。

あまり想定していませんでしたが、リピーターの方も意外といらっしゃいます。ちょうど1年前に受けて、前回の振り返り用紙を持ってきたという方もいましたね。

150わたしも、大きな環境や心情の変化が起きたタイミングでまた受けたいなと思っています。死の体験旅行を続けていて、新型コロナウイルスの影響を感じることはありますか?

150そうですね。死の体験旅行に関して言えば、コロナ禍以前と比べてものすごく劇的な変化があったかというとそんなでもなくて。ただ、最後に感想をシェアする中で深掘りしていくと、コロナをきっかけに人生を見つめ直してという方はやはりいます。

業種によっては物理的に時間ができて、社会の状況も相まって「今後の自分の人生とは?」というところに思いが至る人も少なくないでしょうし。SNSの反応を見ていても、このワークショップを気になっている方は結構いるのかなという感覚もあります。今は参加を控えている方もいるでしょうし、収束したらまた変化があるのかもしれないですね。

150なるほど。昨年は著名人の自死のニュースが続いて、わたし自身かなり死生観が揺さぶられてしまって。ワークショップに限らず、世の中全体の死に対する考え方が変わっているなという印象を受けることはありますか?

150個人的には、東日本大震災の時の方がその変化が大きかったような気がしていて。もう10年ですか。時間が経ちましたね。それより以前は、死について語ることはもっとタブーだったというか、縁起でもないから口にするな、考えるなという風潮が強かったと思うんですよ。

でも、震災が起きた頃から「終活」が流行り始めて、専門雑誌とかもできて。日本人のマインドが変わっていったきっかけとしては大きいのかなと思っています。

150たしかに、そうかもしれません。

150もちろん、著名な方の自死に触れたり、仕事ができなくなってしまったりして今回のコロナの方がショックが大きい方もいるでしょう。どちらにしても10年間で二度、死について考える大きな出来事が起きているというのは、思うところがありますよね。

150そうですね。生きることへの不安や理不尽な社会に対する負の感情が、このコロナ禍の停滞した空気によって、余計に強くなってしまった感覚があります。わたしは気づくと部屋の隅を見つめてしまったり……。

150不安。そうですよね。僕も不安だもんな、考えると。

150浦上さんも不安を感じることはあるんですか?

150不安だらけですよ。「なんでこの時代に坊さんなっちゃったんだろう」とか、「何でこのタイミングで新しくお寺作っちゃったんだろう」とか。そちらの方向で考え始めると、隅を見つめたくなる気持ちもわかります(笑)。誰しもみんな、不安を抱えているんじゃないですかね。

150そういう気持ちと、どうやって向き合って生きていけばいいと思いますか?

150明確な形がある不安と違って、漠然とした不安感というのは人間の性質として備わっているものだと思うんです。だから、それを感じるなら人間としての機能が正常に働いているということ。

だからまずはその不安感を認めてあげる、悪いものや否定するべきものではないと受け入れてあげることが、一歩目かなという気はしますね。

150なるほど、生きているからこそ悩むってことですもんね……。

150はい。仏教だとよく「二の矢を受けない」という言い方をします。仏教の世界で弓矢は、衝動的な何かを感じたり考えたりすることのたとえ。生きているんだから1本目は受けざるを得ないけれど、2本目以降は受けないようにしなさいという教えがあるんです。

150ふむふむ。

150不安にしても欲求にしても、一度感じたものがどんどん連鎖していってしまうと、本質から脱線していったり、そのこと自体に捉われたりしてしまう。だから、1本目の矢を受けた時点で、それをそのまま置くなり流してしまおうという考え方です。

何か不安を感じたときは、「今自分は不安を感じているんだな、よしよし」って。そこから妄想に発展させず、そのまま置いておく。今はそういった考えの連鎖を起こさないようなメソッドの一つとして、マインドフルネスが注目されていたりしますよね。

150たしかに、一つの考え方として大事ですね。でもすぐに体得するのは難しそう……。

150まあ、難しいですよね(笑)。そうは言っても悩みが晴れないからどうしたらいいんだろうって。そういった悩みを相談してくださる方には、僕は歩くことをおすすめしています。

今、精神医学の世界でも歩くということを非常に重視しているんですよ。知り合いの心療内科の先生をやっているお坊さんによると、軽度のうつ病だと、薬を出さずに歩くことを指導するケースもあるらしいです。

150「歩く」! すごく現実的なアドバイスで驚きました(笑)。でも意識的に実践している人は意外と少ないのかも。

150ちなみに、四国の「お遍路さん」ってご存知ですか?

150あの、たくさんのお寺をひたすら歩いて巡るやつですよね……?

150そうです、空海ゆかりの88か所のお寺を巡礼するものですね。お遍路にはさまざまな悩みを持った人が来ます。以前、僕も「未来の住職塾サンガ」という宗派を超えたお坊さんの会の研修で行ったことがありまして。88箇所のうち2、3箇所回りつつ、真言宗善通寺派のトップのお坊さんに、お話を伺ったんです。

あるとき、子どもが授からなくて悩んでいる女性が来たんですって。そこで歩き遍路をしたら、後日子どもができたという報告がきたと。そこで僕は「仏様のご利益とかそういう話になるんだろうな」と思って聞いていたら、そうじゃなかったんです。普段なかなか歩かない都市生活者が、長い期間を歩いて、疲れたら食事をして寝るという規則正しい生活を繰り返したことで、体の中の環境や体力など子どもを授かる準備が整ったんでしょうねと。

その話を伺って、なるほどと。人間ってやっぱり、体と頭の両方が揃って動いているんだなと思いましたね。

150なるほど……! その話を聞いて、在宅で仕事をすることが増えて、ずっと家にいたり生活リズムが変わったりしたのも良くないんだろうなあと思いました。

150そうですね、同じ見つめるにしても、部屋の隅っこじゃなくて公園の木とかにするといいかもしれません(笑)。ぜひ、お気に入りの歩くコースを見つけてください。

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