「ふつう」なんてない。と思わせてくれた怪談との出会い
まずは「深津さんと怪談との出会い」について伺いたいです。
最初に趣味として怪談にのめり込んだのは、大学時代です。当時お付き合いをしていた現在の夫から「怪談会があるみたいだから、行ってみよう!」と誘われたのがきっかけでした。でも、もともと怖い話は苦手で……。
そうだったんですね。
特別興味があったわけではなく、「休日のリフレッシュとしてならいいかな」くらいの気持ちで足を運びました。音楽ライブや映画館に出かけるのと同じ感覚でしたね。
そこから実際に怪談に触れてみていかがでしたか?
一気に惹きこまれました。そのイベントは、本当に起きた話を語る「実話怪談」というジャンルの怪談会だったのですが、大げさに怖がらせたり恐怖感情を煽ったりせず、淡々と人が体験したできごとが語られるんです。
実話なので、前後のつながりが理解できない、オチがない話の終わり方もあって。きゃー!怖い!という恐怖心よりも、「どうして、そんなことが起きたんだろう?」「この後、どうなっただんだろう……」と、想像力が掻き立てられる、これまで味わったことのない不思議な感情でしたね。
深津さんが現在活動の軸にしている「実話怪談」とはそのような出会いがあったのですね。
もう数日間は、「ああ、面白かったなぁ」と余韻に浸るほど、その日を境にすっかり怪談に魅了されてしまいました。それから怪談文芸を読んだり、実話怪談のイベントに行ったり。それだけでは飽き足らず、周りの人に「不思議な体験談ない?」と聞いてみたり(笑)。
まさに今お仕事でされている、怪談蒐集の原点ですね。
当時はまだインタビューというほどではなく、話題の一つとして聞いていたのですが、それが思った以上に面白くて。「自分でも人に尋ねることができるんだ」と気づいてからは、ますますのめり込んでいきました。
具体的に、どんなところに面白さを感じたのでしょう?
怪談って、その人の根幹に触れる話だったりするんです。日々の生活のこと、大切な人が亡くなった日のこと、子供の頃のこと。どれも普段は、あまり人に話さないようなプライベートな場面だったり感情だったりするので、人それぞれの感性が垣間見えるのが純粋に面白くて。
あとは「怪」の不思議さです。私自身、大人になるに連れ「ふつう」「常識」といった社会的なルールや現実に目が向きがちだったのですが、いろいろな怪談を聞くうちに、「私はすごく小さな範囲で物事を捉えていたんだな」と思うようになっていきました。私が「ふつう起きないだろう」「あるはずない、あり得ない」と思っていることも、世界のどこかでは起きていて、しかも実際に体験している人がいる。それってすごく興味深いなと。
固定観念を覆されるようなイメージでしょうか?
まさにそうですね。「こうあるべき」「こうに決まっている!」という頑な価値観がほぐれていく感覚がありました。他人と比べがちだったり、集団に馴染めない自分をコンプレックスに思うところがあったので、「世の中の枠組みにはめられないこともある」と知れて気持ちが楽になりました。
ご自身の生き方にも重ねるところがあったのですね。よろしければ深津さんが心に残っている実話怪談をご紹介いただいてもいいですか?
そうですね。義母が体験した話なのですが。「このあいだ生まれた町の喫茶店に入ったら、亡くなった両親が二人でお茶をしててん」と、話してくれたことがあって。
いわゆる幽霊を見た、という話なのですが、義母によるとびっくりしたけれど恐怖心はなかったようで。状況を受け入れて、近くの席で一緒にコーヒーを飲んだそうなんです。話しかけても返事はなかったけれど、家族の近況をいろいろ報告できたと。
それを特別なことではなく、このあいだ友達とどっか行ってきた!くらいのテンションで話すんです。義母の穏やかな口調に耳を傾けるうち、恐怖よりも感動が胸にじわ〜と広がって。
怖いというより、むしろ温かい思い出話のような怪談ですね。
そうなんです。他にも笑いに転がっていくような怪談もあって。ある男性が、人生に疲れてもう死んでしまおうかと山に行ったそうなんです。誰もいない真っ暗闇の夜、満点の星を見上げて、綺麗だなぁと一人過ごしていた。
すると突然、眩しい光が流れ星のように降り注いできて、なんだろう?と思ったら、親指サイズくらいの小さなおじさん達が、ピカピカ光りながらシャワーのように降ってきたそうなんです(笑)。
ええ!
やがて止んで、ふと我が身にかえると、どんどん元気が湧いてきて「あれ?どうして死ぬほど追い詰められていたんだっけ?」と、気持ちがガラッと変わってしまったと。
そんなことってあるんですね……!(笑)
不思議ですよね。そんな奇天烈なものを見て生きる気力が湧くなんて(笑)。もう想像の範疇をとうに超えてますし、本当にそういうことが人生にはあるんだなぁと。
自分の知らない世界なんて、まだまだある。何が転機になるかわからない。そう思うと絶望の淵にいても自分の人生を決めつけすぎず、生きてみようかなと思えるような気がします。怪談で勇気をもらったのは初めてです(笑)。
そう言ってもらえると嬉しいです。私自身、怪談=怖いというイメージがあったのですが、「こんなに喜怒哀楽を感じさせてもらえるんだ」と感情の振れ幅の大きさには鮮烈に感動を覚えました。エンターテイメントとしてわかりやすい恐怖体験も醍醐味ですが、私としては「人の感情の機微を、怪談から汲み取る面白さ」も届けたいなと思っています。