範囲を広げたことで、チャンスが広がった。
―― 料理の世界で女性シェフが活躍するのは、大変なんじゃないでしょうか?
専門学校時代のクラスメートで今でも料理の世界に残っているのは、女性は私だけですね。でも、私最初はぜんぜん料理好きじゃなかったんです。たまたま叔父2人がホテルのシェフ、和食の料理人だったので、なんとなくという感じで進んだんです。
―― なんとなくで続けられるのは逆に天職のように思います。
最初はフレンチに入って、その後系列のお店でパティシエとして修行しました。ただ、私レバーやチーズなどの味覚や香りが強い食材は受けつけなくて。そうするとフレンチは好きだけど、突き詰めることは厳しいかなと。そんな時オーガニックレストランの料理長にならないかと、声をかけてもらったんです。
―― オーガニックいいですね。最近は気にされる方も増えていますよね。
もともと興味はあって、アレルギーを考えた料理をやってみたかったんです。「今後どうやって自分の仕事を作っていくか」を考えた時に、とにかくいろいろなことに手をつけていこうと。そのひとつとしてアレルギーの知識は強みになるかなって。よく、得意料理は何かと聞かれるんですが、私の場合、専門の分野を持つのではなくやれる範囲を広げることを選びました。料理の世界では特殊だと思います。でもそのおかげで今、いろいろな仕事ができているのかなって。ケータリングもそうですし、フランスでのプライベートシェフもそのひとつ。
―― プライベートシェフってなんですか?興味あります。
知人が南仏でプライベートシェフをしていて、私にも合うんじゃないかと紹介してくれたんです。ちょうどフリーランスになるか、次の店で正社員として働くか迷っていた時で。タイミングもよく、そのままフリーランスとしてフランスへ行きました。
―― どんなお仕事なんでしょう?
ヨーロッパではバカンスを長く楽しむ方が多いのですが、具体的にはプロヴァンスの別荘で、その時期にお食事を提供します。来客も多いお宅なので、プロの手が必要なんでしょうね。9年前に声をかけてもらって、その後毎年夏はフランスに滞在しています。仕事というよりバカンスを一緒に過ごす一員という感じ。ご飯も一緒に食べるんですよ(笑)。
―― 素敵ですね。どんな料理を作るんですか?
毎日フレンチというわけではないんです。「和食が食べたい」「中華が食べたい」など要望をいただいて、それに合わせて提案しています。買い物もマダムと一緒に行きます。毎日食べるものだから、高級食材をバンバン使うわけではなく「今日は安いから魚にしましょう」みたいな普通の買い物をして。でもそれをどうリッチにもっていくかが私の腕の見せ所。マダムは色々と教えてくれるので、逆に学ぶことも多いです。
―― たとえばどんなことですか?
庭に菜園があるのですが、朝起きたらまずそこをチェックします「今日は何かできてるかな」って。ナスは早く使わなきゃとか、トマトがたくさんなってるなとか。自然ありきで献立を考えます。マダムは野菜を大切にされる方。私も影響を受け、野菜にこだわるようになりました。例えば緑の野菜といっても、インゲン、ズッキーニ、そら豆、みんな違う緑なんです。ソテーすれば、緑のグラデーションを楽しむことができる。日本だと彩りを気にしてつい色を足しがちですが、たくさんの色を使わなくてもいいと知りました。プロヴァンスの夏は美味しい野菜がいっぱい。トマトとオリーブオイルだけで必ず1品作ります。美味しいものはシンプルでいいということも学びました。
▲プロヴァンスのマルシェで。野菜がとにかく豊富。
―― 話を聞いただけで食べたくなりました。フランスでの経験は、どのような影響がありましたか?
最初の頃は、自分の得意なものを作ろうとしていました。でもやりたいことと求められることは違うんだと気づいたんです。こだわりを押しつけるのではなく、毎日食べたいと思ってもらえるものを大事に。あと細かいことにこだわらない。完璧でなくていいんだと思うようになりました。日本って失敗は許されない雰囲気がありますよね。でも失敗したってリカバリーすればいいだけなんです。マダム達の大らかさのおかげで、自然と私も「まいっか」という気持ちを持てるようになりました。
―― 「失敗してもいい」という考え方、いいですね。自分でガチガチに追い込んじゃう方って多いですよね。
自分を肯定できるようにもなりました。少し自信がなかったんです。フレンチ1本でやってこなかったこと。でも色々なことを経験してきたからこそ、プライベートシェフとして柔軟に対応できるようになったんだなあって。
―― 色々できるって、強みですよね。
フランスから戻ると、周りに「料理のテイストが変わったね」って毎回言われるんです。それは自分でも感じていて、2ヶ月フランスでぐっとインプットして残りの10ヶ月、日本で全部アウトプットする。空っぽにしてまたフランスへ、というサイクルができていた。今年はコロナの影響でフランス、あと毎年行っているクレタ島でのワークショップも中止になってしまって。来年また行けたらいいのですが。
―― たしかに、インプットって大事。
料理は表現なので、インプットしないと出せないんですよね。フランスもアウトプットのはずなんですけど(笑)、毎回たくさんの刺激をもらって、吸収することばかり。
―― どうしたら菅野さんみたいに、いろいろな経験ができるようになりますか?
「ご縁」というか、周りの方が声をかけてくれることが多いです。私もすぐ飛びつくので、1回はやってみようと。そこから世界が広がっています。あとやりたいことはなんとなく声に出しています。「次はこれをしたいんだけど方法がわからない」と言っておくと、誰かがヒントをくれるんです。
▲広尾にあるépices de tomorêveの一角。細部まで菅野さんのこだわりが詰まった素敵な空間。