動物の声が社会に反映される未来を描く
ーー続いて、山入端さんご自身のお話を伺っていけたらと思うのですが、もともと動物に対する特別な思いみたいなものはあったのでしょうか?
そうですね。小学校の頃の原体験から、ずっとどこかのタイミングでは動物関係の仕事がしたいと思っていました。
ーー原体験。
小学生のとき、わたしが道路を渡ろうとしたら、先に飛び出した猫が車に轢かれて。生まれて初めて、生き物が死ぬ瞬間を目の当たりにしてしまったんです。たまたま近くを通ったおばあちゃんと一緒に公園に埋めたのですが、あまりにもショックすぎて、家に帰っても親に言えませんでした。どうしたらあの子を救えたんだろうと。
人間主体でできている社会の仕組みの中で、きっと動物たちが生きやすい世界ではないんだろうなと思ったし、そこから動物保護や動物にまつわるニュースに自ずと関心を寄せるようになりましたね。
ーーなるほど。たしかに、人間の都合で命を落としたり粗末に扱われるニュースもたくさんありますもんね。
はい。だから、新卒のときに本当はNPO団体に入ることも考えていたのですが、当時はまだまだ閉じた印象が強かったこともあり、一度はリクルートに就職しました。
その後、退社してから再度団体に入ることを検討しましたが、心から共感できるところがなく、動物の福祉団体を自分で立ち上げることを考えていたんです。
ーーそうだったんですね。でも、ご自身で立ち上げるのではなくCTOの山口さんと一緒に会社を始めたということですよね。その経緯は?
立ち上げのために、動物保護や福祉の団体にボランティアで回ったりしてみると、それぞれの価値観やポリシーがすごく明確にあることを感じて。
一方で、サービスを受ける側の犬や猫たちが本当に良いと思っているのかどうかは聞けないですよね。そこに関わる人間同士の熱意や価値観ばかりがぶつかっているように感じました。
そこで、ペット業界の起業家として知り合って仲良くしていた山口に相談したんです。話をするうちに「動物の声が社会に反映されるようになってほしいな」という気持ちが強くなったことで、彼と一緒に会社を始める決断に至りました。
ーーまずは動物の感情を理解するというところで、イヌパシーが生まれた理由もわかった気がします。
そう、もともと山口が一人で立ち上げていた会社は、株式会社イヌパシーという名前だったんです。そこでCEOになってほしいと言われたのですが、はじめは創業ストーリーを自分で語れる人がプロダクトをやった方が絶対にいいし、自分にはできないという抵抗があって。
でも、テクノロジーが持つの本質的な価値を考えたときに、それはイヌパシーというプロダクトではなくて「言語いらずのコミュニケーションを形として世の中に普及すること」だなと。それを2人で言語化できたタイミングで、CEOになる決意をしました。
ーーなるほど。それで社名が「Langualess」なんですね!
はい! 今は山口と二人代表制でやっています。めっちゃ喧嘩しますけどね(笑)。
ーーそうなんですね(笑)。もう一段踏み込んで、お二人が実現させたい未来を言語化するとしたらどうなるでしょうか?
そうですね……。よく2030年がテクノロジーの分岐点だと、あらゆる業界で言われていますけれど、その頃には人間だけの問題はもうある程度片付いていると思うんですよね。次はきっと、地球単位で考えるようなお題に変わっている。
その時に無視してはいけないのは、生態系だとか一緒に暮らしている動物の感情というところまで進むだろうし、わたしはもう、テクノロジーができる限界というのはできるだけ動物に寄り添ってあげることだと思っているんです。
ーー山入端さんは、「寄り添う」ことをどう定義していますか?
うーん。同じ位置から物を見ることっていう感じなのかなと思っていて。今の世の中は、人間の目線から見て想像することがほとんどです。でも寄り添うというのは、本当に相手の気持ちに立って同じ高さ、同じ視点で物を見たときに、どうなのかを考えられることかなと思います。
この社会で、人間ができるだけ弱い立場の動物たちに寄り添って、それを元に意思決定していける仕組みをつくることが、わたしたちが目指していることです。
ーーふむふむ。わたしは実家の犬や動物たちに寄り添うことができているんだろうか……。
わたしも、たぶん山口も、完璧には寄り添えていないという自覚があるんですよ。たとえばカエルは皮膚で世界を見ているし、犬や猫は嗅覚と聴覚。人間は圧倒的に視覚情報で生きているから、そもそも見えている世界が全然違う。
それを強く認識しているんだと思います。違う生き物だから同じだと思ってはいけないし、こんなに近くにいてくれるけれど、すごく距離のある動物だと思っていて。たくさんのものを与えてくれる存在だからこそ、違う生き物だと尊重しながらできるだけ彼らと同じ目線に立ちたいという気持ちが強いんだと思います。
ーーたしかに……。まずは違いに対して自覚的であることが大事ですね。その上で、尊重して寄り添うことができるというか。ちなみに、そういう世界が実現されたときにサービスやプロダクトを作るとしたらどんなものにしますか?
難しいですね。仮にお金もふんだんにあって、テクノロジーも進化していて、その上で必要なもの……。人間側にセンサーを埋め込むかもしれないですね。
ーーおお……!?
たとえば、紫外線や赤外線はわたしたち人間には見えないけれど、見える動物たちもいる。そういう動物たちと同じレベルの視覚や音の感覚や嗅覚みたいなものが人間に埋め込まれたら、「やばい!なんだこの都会は!」となるかもしれないですよね。
ーーこんなところで生きられなくなっちゃうかもしれないですね(笑)。
ね(笑)。そうすることで、どれだけ動物たちが生き物として感性豊かでいい特性を持っている生き物かというのがわかるし、みんな動物たちに優しくなれると思う。
ーーおもしろそう。見慣れた街も、全然違う世界に見えるんだろうなあ。
あと、犬や猫が好んでいる場所は、その空間の中で一番快適な場所なのではないかというお話もありますよね。だから街も家も、彼らが過ごしやすい設計にすれば、必然的に人間も過ごしやすい場所になるんじゃないかなと思ったりしますね。
ーーたしかに、ビルやアスファルトに囲まれる生活は動物も人間もしんどいですしね。
本当にそうです。今って人間、中でも一番動ける人たちにとっての最善の街じゃないですか。あんなに真四角で均一的なカクカクしたビル街は、人間にとって無駄なくスペースを使うのに便利だからだし、まっすぐな道もたぶん人間が急ぐために作られている仕組みだから。
どうやったら動物にとってこの街が安全なのかとか、息苦しくないのかという目線で設計できるようになったら、社会は変わると思います。そういう街ができたらすぐに引っ越したいですね。
ーー動物視点に立つことで、結果的に人間にとっても快適な社会になるかもしれないというのは、面白いなと思いました。山入端さんは、言語を持たない動物とコミュニケーションを取る時に意識していることはありますか?
思い込んだり、わかった気にならないことかなと思います。ワンちゃんの口角上がっていると嬉しそうに見えたりするし、尻尾振っているとどうしても安心しちゃうんですけどね。
でも実際は、口開けていても笑顔なわけじゃないし、不安でも尻尾は振る。見た目だけではワンちゃんの気持ちは計り知れないし、わからないことがたくさんあるなという発見に繋げていくことが大切かなって。
ーー先ほどの話にも繋がりますが、違う生き物であるからこそわかったと思い込まない、わかった気にならないというのが、彼らと関係を築いていく上で大切なんだなと思いました。