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【前編】なぜ日本では分断が起きる?幸福学の前野教授と探る、多様性を受け入れるために必要なこと

ウェルビーイング教育の力で、利他的な精神を身につける

たしかに編集部特に子どもの思想形成を担う、学校教育はカギになるのかもしれません。どのような教育が有効なのでしょうか。

前野さんまずは「みんな仲良く」「喧嘩はすべきではない」「夢を持て」といったような、小学校で習う当たり前の価値観を取り戻すことです。私が専門としているウェルビーイングの観点から見ると科学的に明らかな、「利他的な人は幸せである」というような事実をすべての人が学ぶべきです。SNSで誹謗中傷をするような人、視野が狭く、相手の気持ちを理解できない人は、不幸せな人なんです。そういう人が、自分は、自分自身の幸福を阻害する生き方をしているという事実を、教育によって学ぶべきです。

たしかに編集部しかし学校教育を変えるのは容易ではありません。幸福という抽象的な価値観は、人によっても尺度が違い、教科書にしにくいのではないでしょうか。

前野さんイノベーティブな解決策として、ウェルビーイングをサイエンスとして捉える学問に、可能性があると考えています。かつて宗教が担っていた道徳観を、科学的に証明されたエビデンスとともに伝えるのです。現在私は、武蔵野大学ウェルビーイング学部(2024年4月開設に向けて設置構想中)の設置に携わっています。大学教育において、一つの学問としてウェルビーイング学を確立できれば、暗記科目になってしまった倫理・道徳を刷新し、初等教育から高等教育、そして社会人教育を変革して、社会を大きく変える力になると確信しています。

たしかに編集部具体的にはどのような教育を行うのでしょうか。

前野さん現状では4つの柱を構想しています。1つ目がサイエンスに基づく自然科学的ウェルビーイング学、2つ目が仏教や和の精神に基づく人文科学的ウェルビーイング学。すなわち、哲学・思想・宗教など、日本・東洋の伝統から学ぶ科目群。3つ目が自然に触れたり畑を耕したりして地球との関わりを感じながら感性を磨く科目群。4つ目がそれらを統合してイノベーションを生み出す、アイデアやテクノロジーの創出方法についての学びです。

たしかに編集部かなり広範ですね。科学と宗教、自然とテクノロジーなど、相反するようにも見えるものが混在しています。

前野さん相反していませんよ。偏りが生じると分断が生まれます。アカデミックの世界もSNSと似ていて、物理学、生物学、経済学……と専門領域で区切られ細分化されるあまり、例えば原子炉の反対・賛成に見られるような対立が生じます。しかし、ウェルビーイングは、地球環境やエネルギーの問題と同じで、本来はより広い目線で考えるべき事柄です。だから、大きな視野から両極の発想を学び、融合する力を身に付け、これからの世界のリーダーになっていく人を育成するのがウェルビーイング学です。

たしかに編集部科学や学問と聞くと、机上の空論のようにも思えてしまいますが、畑を耕すのは現実世界と触れ合うためでしょうか。

前野さんその通りです。コンクリートに囲まれて過ごしていると、人は世界の本来の多様性に触れることができません。自然はもちろん、実際に多様な人と関わることも大切です。社会課題解決を事業にしようとする起業家、街づくりや環境保全に取り組む活動家など、日本には実地でウェルビーイングを実践する人がたくさんいます。そうした人をつなげ、交流が育まれることも、新しい教育には必要です。

たしかに編集部壮大な構想ですね。一方で現代を生きる私たちが、一個人としてできることには、何があるでしょうか。

前野さんウェルビーイングに関連づけながらさまざまな事柄を学ぶことだと思います。書籍やイベント、伝統宗教もそうですし、インターネットもコミュニティやコンテンツを拡充するという点で、学びを促してくれます。仮に威圧的な人、差別的な人に遭遇しても、「あの人は不幸だな」と相対化して寛容になれれば、楽になるでしょうし、解決策へと進めるでしょう。「訳がわからない」「嫌い」と短絡的に考えるということは、あなたも分断に巻き込まれているということなのです。たくさんの視点を持つことができれば、一呼吸おいて、物事を客観的に捉えられるようになるはずですよ。

編集部のここが「#たしかに」

分断という複雑な現象は、日本が持つ文化や歴史に、SNSという現代の大きな潮流が重なったことで起こっていることが、前野教授の解説から見えてきました。

今回わかったことは、無意識の差別意識のように負の側面もある一方で、和の精神や自然など、私たちにヒントを与えてくれるものもまた、日本には残されていることです。

簡単なことではありませんが、一人一人が身近なところからアクションを起こし、学びを深めていくことで、未来は少しずつ変わっていくのでしょう。教育が持つ可能性もまた、前野教授の示唆に富んだお話でした。記事後編ではより視野を広げ、人類や世界とテクノロジーの関係について考えていきたいと思います。

 

取材・執筆:相澤優太 撮影:Hiroki Yamaguchi 編集:#たしかに編集部

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