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「めでたしめでたし」…って本当?矢部太郎さんと考える今の物語の在り方

「いい」って何だろう。

むらやま『約束のネバーランド』のように、意識してみると時代の色や価値観が反映されている作品はたくさんあるなと感じています。矢部さんはよく本や映画に触れられていると思うのですが、最近いいなと思った作品を教えてもらえますか?

矢部さんまずは、ブレイディみかこさんの本ですかね。今年の夏にも『他者の靴を履く*2』という作品が出ています。

*2『他者の靴を履く』ブレイディみかこ
“負債道徳”、ジェンダーロール、自助の精神…エンパシー(意見の異なる相手を理解する知的能力)×アナキズムが融合した新しい思想的地平がここに。〈多様性の時代〉のカオスを生き抜くための本。

むらやまぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で話題になったブレイディさんですね!

矢部さん前作に続いて“エンパシー”、つまり相手を理解して感情や経験を分かち合う能力をキーワードに、さらに考察を深めた内容が書かれているんです。以前、ブレイディさんと対談させてもらったときに『大家さんと僕』を「エンパシー漫画」と言ってくださって。

むらやまここ数年で一気に注目された言葉ですよね。たしかに、言われてみれば矢部さんの『大家さんと僕』もそうかもしれない。

矢部さん僕、描いているときはエンパシーという言葉も知らなかったのですが、ブレイディさんの本を読んでエンパシーという言葉の意味も理解しました。
大家さんという自分と境遇も年齢も全然違う人と出会ったわけですよね。洗濯物を干していたら大家さんに「雨降ってきましたよ」っていつの間にか服を取り込まれることもあって。

むらやま漫画を拝読していたときも、「そんなことあるの!?」と思わずふふっと笑ってしまったシーンでした。実際、驚きますよね(笑)。

矢部さん最初は「プライバシーがないじゃん!」ってすごく嫌だったんですけど、大家さんからしたら「矢部さんの洗濯物が雨で濡れちゃってお困りになるだろうから」と思ってやってくれたことなわけで。大家さんと暮らしていくなかで、だんだんと気持ちや考え方を想像することができるようになっていたんです。
それは別に良いことというよりも単純に面白いなと思って漫画に描いていました。純粋に自分とは違う人や遠い人と接したり話を聞いたりするのって面白いじゃないですか。

むらやまそうですね。自分と似た人と一緒にいるのも居心地がいいけれど、自分の想像が及ばない人といると世界が広がる気がします。

矢部さんさきほどの『ふたりのももたろう』でも、鬼に育てられたももたろうの話の方が面白いなと感じたのは、知らない世界だったからだと思うんです。自分の先入観や考え方がポロポロこぼれ落ちるというか。そういう自分と違う人の教訓とか考え方とか、世界の見え方を知ることができるのが、本を読むということかもしれないなと考えたりしています。

むらやまたしかに、本を読む楽しさはそこにあるかもしれないなあ……。

矢部さんあとは僕、ラッパーのdodoくんっていう人がすごい好きで。

むらやまdodoさんは、とにかくリアルで共感を呼ぶラップで注目されているんですよね。めちゃくちゃ好きでした。悲しいわけじゃないのに、なぜか泣きたい気持ちになるような……。

矢部さんdodoくんはステレオタイプなラッパーのイメージとは違って、歌詞もすごく内省的で、優しいんですよね。お金をかけないシンプルなMVも、垣根がない感じがしてすごくいい。
最初から意図があってやっていたのかはわからないですけど、ありのままを出して、それをみんながいいって言っていて……そういうところも素晴らしいなあと。

むらやまたしかに、イメージしていたラッパー像と違ってすごく聴きやすかったです。dodoさんという新しいジャンルというか……。彼の等身大の言葉が多くの人を救っているんだなと感じますし、生きづらい世の中に希望を持たせてくれる感じがします。

矢部さんそうですね。そういう意味では、この時代に合う音楽という感じがしますよね。あと、dodoくんの音楽と同じくらい、いいなあと思う本がありまして。マギー司郎さんの『生きてるだけでだいたいOK*3 』という本なんですけど。

*3『生きてるだけでだいたいOK “落ちこぼれ”マジシャンが見つけた「幸せのヒント」』マギー司郎
いつも“端っこ”にいた少年が、マジックと出会って“世界の真ん中”を探し当てるまでの、Love&Peaceなライフストーリー。

矢部さんマギーさんの自伝のような感じですごくいいんですよ。これもう絶版なのかな。でも中古で簡単に手に入ると思います。

むらやま絶版! 恥ずかしながら、マギー司郎さんが著書を出されているのを今知りました……。とても気になります。

矢部さんマギーさんって、手品が不器用でうまくできなかったらしいんです。でも舞台上で「わたし手品下手なんです」って言ってみたらウケたっていうところから、今の芸風が確立されたというお話をされていて。マギーさんから幸せのヒントをたくさんいただける本です。

矢部太郎さんたしかに

むらやま2007年に発売された本ということですが、タイトルを見ても今の時代にすごくフィットするような気がしました。救われる人がたくさんいそう。

矢部さん僕はすごく好きですね。マギーさんの本を読んだり、dodoくんの音楽を聴いたりして思うのは、「みんな違ってみんないい」というのももちろんそうだけど、もっといろいろあるんじゃないかなって。
僕自身もよく口にしてしまうんですけど、「いい」という言葉はちょっと乱暴というか。もっともっとグラデーションもあるし、種類もあると思うんです。みんな面白いし、変だし、奇妙だし、それでも美しいし、すごく愛しいみたいに。

むらやまその感覚はすごくわかります。「いい」の中にはさまざまな感情があるはずなのに、一言でまとめてしまうのはある種の思考の放棄でもあるなと感じていて。SNSの「いいね」にも似たようなことを感じます。もっとぴったりくる言葉で言い表せたらなと思うのですが……。

矢部さんそうなんですよね。だから最近は「いい」ってどういうことなのか、すごく考えているかもしれないです。わかりやすい言葉で終わらせないで、もっと突き詰めて考えていくことが大切なのかもしれないし、そういうものを自分でも書けたらすごくいいなあと思っています。

「取材の内容に合いそうだから」と矢部さんが持ってきてくださった本たち。ご紹介しきれなかった本もぜひチェックを!

編集部のここが「#たしかに」

『桃太郎』のように、誰もが知る昔話の内容に対して、疑問を持つことすらなかったという方がほとんどのはず。
しかし今改めて昔話を読んでみると、それは本当に「めでたし」で「良い話」なのでしょうか。

価値観が多様化したことで、今の時代にはそんな今までの“当たり前”を見つめ直し、わたしたちに新しい視点や解釈をもたらしてくれる作品がたくさんあります。矢部さんの漫画も、まさにそんな作品だと思います。

それはとてもポジティブなことだと感じますし、そういったコンテンツが世の中に増えていくことで、一人ひとりが相手の立場や気持ちを考えることにつながり、いつか傷つけ合うことや分断も少なくなっていくのかもしれません。

その可能性を感じると同時に、#たしかに編集部としても改めて『ふたりのももたろう』や記事を通して読者に考えるきっかけを与えていけたらと、襟を正される思いでした。

後編では矢部さんご自身にフォーカスをあて、仕事に対する思いや、生きていく上で大切にしていることを伺っていきます。どうぞお楽しみに!

■Information

『10歳からの 考える力が育つ20の物語 童話探偵ブルースの「ちょっとちがう」読み解き方』(作:石原健司、絵:矢部太郎)
2021年10月22日発売

インタビュー中に登場した、石原健次さんによる童話を再解釈した本がこちら

取材・執筆:むらやまあき 編集:#たしかに編集部 撮影:番正しおり

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