前田さんにビルの詳しい歴史などをお聞したところで、編集者として働きながらビルを使っている奥山晶二郎さんにもお話を聞いてみました。奥山さんは仕事を通してこのビルを知り、前田さんのご紹介で5年前にカプセルを購入され、カプセルを作業部屋として使っています。
奥山晶二郎さんプロフィール
1977年生まれ。職場が近くにあったことから2015年にカプセルの1室を購入。以来、仕事場や倉庫として使用している。
実際に住んでみたからこそ思うこと
ーー部屋を見学させていただいてありがとうございます!奥山さんはこのビルのどんなところに惹かれたんですか?
もともと保存活動のお手伝いをしたくて購入しました。保存か解体かの流れをビルの内側から見てみるのもいいかなと思って。
魅力を一言で言うと「多様性」ですね。完成時は同じつくりだったものが、使い方も内装も人それぞれでまったく同じものが一つもない。部屋ごとに劣化と進化を繰り返していっているのが面白いです。
ーーカプセルでの住みごごちはどうですか?
お湯も出ないし、一部の部屋だけしかトイレが使えないけど、ここに住居しているわけでもないので、あまり不便さは感じませんね。銀座という土地柄、近隣にお店もたくさんあるので食事にも困らないし、ただ夏は湿気との戦いなので除湿機は必須です。
ーーカプセルの住人は定期的に集まるそうですね。
実は住人が元々知っていた人だったり、仕事をしていた人と偶然エレベーターで再会することがありました。実際に知り合いとこのビルで話してみると、今まで知らなかった側面が見えてきたりして、ある意味世界が広がりましたね。
ーー前田さんがこのビルのことを「ゴキブリホイホイ」と例えた理由がなんとなく分かりました(笑)。
もちろん建物にも魅力はあるんですけど、それに人が関わることによってお互いにいい影響を与え合ったんだと思います。そのひとつの理由として、このビルをつくった黒川紀章さんが建物に込めた思いを住人が受け止めているからではないでしょうか。
ーー黒川紀章さんの思い?
このビルが建設された当時の日本は、今より村社会が強かったり、三世代同居も当たり前で世の中のしがらみが多かった。そんな中、黒川さんは「個人が生活する場所や働き方はもっと自由でいいんじゃないの」っていう挑戦的なことを提案したんです。
この建物をつくった時、周りからたくさん批判もされたはずなんですけど、そんなこと気にしないで、「自分のやりたいことがあればやればいいじゃん」っていうスタンスで完成させた。例え、ビルがなくなってもそんな黒川さんの思想はそれぞれの住人が引き継いでいくんだと思います。それは住まないと分からなかったことですね。
編集部のここが「#たしかに」
不便なことさえも魅力になる「中銀カプセルタワービル」。
おふたりがビルについて話す時、愛に溢れた表情をしており、まるでのろけ話を聞いているようでした。まさかビルの内側がこんなにも自由で、コミュニケーションを楽しむ場になっているとは。
前田さんが「住人がすごく魅力的」と言っていたように、優れた建築はそこに実在するだけのものではなく、人々の魅力を活かす働きを持っているんだと気づかされました。
「中銀カプセルタワービル」は、「自由の実験室」だと思います。都会のど真ん中で住人が自然に生き、自分の気持ちをのびのびと伸ばしている。そんな姿に勇気をもらうのは私ひとりだけではないはずです。そういった意味でも、このビルは少しでも長く残って欲しいと思います。
当初予想していた結果とは違い、時代とともに人の手によって発展した現在のビルの姿を見て、もし黒川紀章さんが生きていたらどんな風に思うんでしょうか?
ぜひ住人のみなさんと「カプ飲み」しながら聞いてみたいです!
中銀カプセルタワービル
所在地:東京都中央区銀座8-16-10
中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト
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執筆・取材・撮影(一部):吉野舞 編集:#たしかに編集部