お笑いも漫画も、人と比べずに新しい種目で
ちなみに、矢部さんは今漫画家として大活躍されていて、漫画一本でやっていく選択肢もあるのかなと思うのですが、何か芸人であり続けることへの思いみたいなものがあるのでしょうか。
そうですねえ……。芸人を辞める必要もないし、お誘いしてもらってるから出てるところもあるし……。でも、テレビやライブに出るのは楽しいんですよね。それに漫画だって、なんとなく芸人として僕のこと知ってるから読んでもらえているところもあるだろうし、セリフが僕の声で再生されてる人もいるだろうから。
たしかに、完全に矢部さんの声で再生されていました。
でもやっぱり、お笑いをやってても一発ギャグなどは苦手だし(笑)。気象予報士の資格を取ったのも、漫画を描いているのもやっぱり、単純に人と違うことをやっておけば同じことで競争しなくていいという気持ちなんです。僕は新しい種目別でやっていくというか。
なるほど……。矢部さんは戦う場所を少しずらして、自分の居場所や世界をつくってきたんですね。
そうかもしれないですね。漫画にしても、ほとんどの漫画とかなりテイストが違うと思うんですよ。モーニングで連載を始めて初めて気づいたんですけど、僕の漫画すごい白いんですよね。他の方はめちゃくちゃ描き込んでいるのに。
同じ雑誌の中で見比べてみると、違いがより際立ちそうですね(笑)。
そうなんです。なんか、他の人のページはちゃんとインクの匂いがするんですよ。僕のページは全然インクの匂いしないし、編集担当の人もあまりに雑誌のなかで浮いていてまずいと思ったみたいで、コマの背景に模様とか入れたりしてくださっていて。
『楽屋のトナくん』1本目:はじめまして 引用:週刊モーニング
ものすごい可愛らしい背景になってる……! 帯に次回予告の文章を入れる、みたいなレベルじゃないんですね(笑)。
これまで小説の雑誌でも連載をさせてもらっていたし、僕自身は漫画を描いているつもりでいたけれど、全然違うことやっていたんだなと思いました。
でも、矢部さんの作品はその余白がすごく魅力的だと感じていて。物理的な紙面の余白もそうですが、『大家さんと僕』や『ぼくのお父さん』でたびたび出てくる“何も語られない”コマに、大事なことが詰まっているんじゃないかなって。たとえばここなんですけど。
家族で銭湯に行って、女湯と男湯ののれんの前で、「たろうはどっちに入る?」と聞かれて、「うーん」と悩んだ末にお母さんとお姉ちゃんと一緒に女湯に入っていく。それを何も言わず一人見つめるお父さんの背中だけが描かれたコマのシーンが、わたしはとても好きで。
面白いんだけど、悲しい感じのところですね。
はい。なんだかもう、切なくてたまりませんでした……。こういった余白の部分があることで、読み手は自分で想像して想いを馳せるしかないというか。受動的に読み進めていたところにふと、考えるきっかけをくれる感じがすごくいいなと思うんです。
嬉しいです。ありがとうございます。