相手と深くつながるには、主体的に「心のドアノブ」を用意する
なるほど。リモートワークやSNSでのコミュニケーションが当たり前になっている今、偶発的な出会いや雑談が生まれることって少なくなってきていますよね。待っているだけでは何も起きない。そうした中で人と深くつながりたいと思うならば、「自分から主体的に近づいていく」必要があるんですね。
本当におっしゃる通りで「この人のことをもっと知りたい!」と思ったときに、相手を傷つけずに深くつながるためのきっかけ、例えるなら「心のドアノブ」が絶対に必要だと思っています。私自身も今まさに、それを探究している最中なんです。
ぜひ、詳しく伺いたいです!
出会った人に対して「あ!この人絶対おもしろい人だ!」と思ったとしても、いきなり「あなたの人生聞かせてください」って言うのはなかなか難しいですよね。先述したように大きな傷の隣にあるエピソードに触れることになるかもしれないですし、いきなりズカズカと入っていくわけにはいかない。
そんなとき相手から開けてくれそうな「心のドアノブ」を用意してみるんです。最初はあてがはずれても、気長に「この辺は?こっちはどうですか?」と。具体的には、相手が反応してくれそうな話題、興味を示してくれそうな話題を自分から話してみたり、話しやすい場所や状況を見計らったり、作ったりして、自分から相手に働きかけてみる。そうして相手が扉を開けて入ってきてくれることで、その人の本当の面白さや人間味あふれる素顔が見られると思うんです。
なるほど!実際に「心のドアノブ」を試したことはありますか?
ありますよ!先日美容院に行ったときのことです。担当の美容師さんを見たときに「あ、この人はきっと面白い感性を持った人だろうな」という直感が働いたんです。聞きたいけど、聞けない。いきなり根掘り葉掘り聞くのも不自然だし…..とウズウズしながらタイミングを見計らっていたとき、「今だ!」と思う瞬間があって。
シャンプー台に乗せられて白い布を顔に被せられた状態で、「この前、渋谷で変な人見たんですよ……」と、稲川淳二が怪談を語るような口調で、渋谷で見かけた変な人の話をしました。そしたら、興味津々な声色で「僕、そういう人が羨ましいんです!」とリアクションが返ってきたんですよね。
すごい!
やっぱり!と思いましたし、それをきっかけに話も深まりました。社会的な空間や立場から少し切り離された、変わったシチュエーションなら話せることもあったりするじゃないですか。オフィスの中では話しづらいことも、焚き火を囲めば話せちゃう、みたいな。それと同じで、顔に布が置かれてたり、唯一見える口元が突然怪談を始めることで、日常から少しだけ切り離された感覚を抱くと思うんですね。これによって「私とあなたの間に、安心して変なことを話せる空間」をつくってみたんです。ここにのるかのらないかは相手次第。相手が開けることのできるドアノブです。
そうやって新しい一面が見れたり、大切にしている価値観や人となりを形成する部分に触れられたりすると、人間関係は面白くなっていきますね!
本当に、そう思いますね。これからの時代、友情や愛情を育む精密なプログラミングによって、AIが生身の人間に限りなく近い存在になる日も遠くないはずです。AIの友達や恋人ができてもおかしくありません。でもAIの出す答えって、全て瞬間的なものですよね。AIとの会話を通じてこちらが性格や人格を見出したとしても、それは結局こちらの作った物語に過ぎず。
人を知った気になるのだって結局は同じ事じゃないか、と言われるかもしれないけど、でも私は今のところ、やっぱりちょっとちがうと思うんです。その人の歩んできた人生、生きてきた時間の蓄積に思いを馳せて、自分の認識できる世界の、さらに向こう側にあるあなたのことを知りたい、と思う。それが人とのつながりを求める原点だと思うんです。
相手を知りたいという気持ちが、人とのつながりをもたらしてくれるんですね。
自分とちがう経験や考えをしている人ほど、「どうして?」「なぜ?」と聞きたくなるじゃないですか。その楽しみをもたらしてくれるのは、今のところ人間だけだな、と思います。
SNSも「あなたを知りたい」。自分のことも「知ってほしい」と思うから使っている。そのどれもが「つながりたい」という純粋な気持ちに紐づいていますね。
SNSの投稿は、結局のところ全てドアノブだと思いますよ。開けて相手を招き入れた先に、あるいは自分が招かれた先に、本当に面白い出会いがある。ドアから中に入りもせず「人とつながれない」なんて嘆かなくていいんです。SNSってそんなもんです。そして本当に「つながりたい」と思ったときには、
今回編集部のみなさんとお話したように、時間をかけた対話を重ねていきましょう。古典的なやり方だけど、結局そういうことが大事なんだと思います。
編集部のここが「#たしかに」
紫原さんのインタビューでは、SNSで心が消耗して本来の「人とつながる醍醐味」を見失いそうになったときに、何度でも読み返したくなる言葉がたくさん詰まっていました。
情報を受け取るばかりで疲れてしまったら。毎日変わり映えのないタイムラインに飽き飽きしたら。自分から「心のドアノブ」を回してみる。想像もしなかった「あなたとのつながり」は、きっとそこから始まるのだと思います。
AIやSNSがどんなに世界に影響を与えようと、人間ならではの面白さは決して失われない。
人間の奥深さや不思議さに目を向け、相手と深くつながることこそが、テクノロジーと共に生きる未来を豊かにするのかもしれません。
紫原さんとの対話を通じて「相手を知りたい」と思う人間の持つ素晴らしい感情に気づけたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。素敵なお話を、ありがとうございました!
取材・執筆:貝津美里 撮影:Hiroki Yamaguchi 編集:#たしかに編集部