「逃げること」も「大好きなもの」を見つけるための道のり
その後、ミシュラン3つ星も獲得するロンドンでも指折りのレストラン『sketch』でも働かれていたと伺いました。やはり日本でのクッキーアーティストとしての実績が活かされたのでしょうか。
デザインや手先の器用さなど、アイシングクッキーに通じる部分を評価されると、やっぱり得意なんだなぁと感じます。でもロンドンの職場ではあえて日本での実績は言わずに働いているんです。
そうなのですね!
先入観なく自分の実力や作品を見てほしい。その気持ちが一番強くあったので、言いませんでした。だからこそ作品を見て「素敵だね!かわいいね」と言ってもらえたときは本当に嬉しくて。「過去ではなく、今この瞬間、私の手から生み出されたケーキを心からいいと思ってくれているんだ」という充足感で心が満たされます。
キャリアが長くなるにつれ、肩書で人とつながろうとしたり、これまでの実績を元に自分をPRしたくなる傾向があるように思います。対して、その場の実力で道を切り拓いていくKUNIKAさんの姿は本当にかっこいいですね。
大事なのは過去の栄光ではなく「今の自分がどんなあり方で生きているのか」だと思うんです。これはおそらく、父のおかげですね。水泳で表彰されたりメダルをもらうたびに「天狗になるな」と口酸っぱく言われてきました。母も私を過大評価することなく、いつも自然体で接してくれて。実績や評価に重きを置かない価値観が備わったのかもしれません。おかげで過度な承認欲求も生まれず、淡々と好きなことに向き合えました。
誰かに評価されるためでも、自分を大きく見せるためでもない。好きだから、続けている。その純粋な気持ちがKUNIKAさんを、輝かせているのですね。とはいえ、好きなことに向き合い続けるのも決して楽なことではないと思います。苦しさや不安とどのように折り合いをつけていますか。
しんどいことがあるから、いい作品ができる。そう思うようにしています。というのも、私にとってアーティスト活動は、ある意味「現実逃避」が原点なんです。水泳生活に息苦しさを感じたとき、学校でうまくいかないことがあったとき、家族との関係に悩んだとき、いつも「好きな世界に没頭すること」が私を救ってくれました。アイシングクッキーをつくったり、デコラティブな洋服や雑貨をつくったり。そうした時間が、自分を癒し、前に進む生きる力をみなぎらせてくれました。
「ここから逃げたい」と思う気持ちをエネルギーに「自分の理想とする世界」を表現していたのですね。
それが結果として『クッキーアーティスト・KUNIKA』の世界観を形成する原点となりました。誰にも言えない悩み、前に進めない葛藤。いろんなモヤモヤを消化できる、自分だけの唯一無二の居場所として「ものづくり」はいつもそこにいてくれます。
逃げ込める大好きな場所を持っておく。それだけで救われることも十分ありますよね。
逃げることも「大好きなもの」を見つけるための道のりかもしれません。
そう考えると、気持ちも楽になります。
逃げて逃げて、好きな方へ歩いて行ったら目の前に扉が現れて、勇気を出して開けてみたら、”その先”にはおもちゃ箱のようなカラフルな未来がたくさん待っていました。仕事だけではありません。ロンドンで夫と出会って結婚し、子どもが生まれて新しい家族ができました。日本にいたときは想像もしていなかった人生です。
好きを選ぶ生き方が、尊い未来を手繰り寄せたのですね……。
正直、今も先が見えない不安でいっぱいです。子どもが生まれてどんなふうに人生が変わっていくのか。クッキーアーティストとしてロンドンでどう仕事を獲得していくか。海外での生活は不安要素が多く、この先どうなるかわかりません。落ち込む日も、どうしようもないときもあります。それでも、好きなことに飛び込む人生を選びたい。「こんなはずじゃなかった!」と笑っちゃう人生の方が、何十倍も愛おしいから。一度きりの人生、どうせならドラマティックに生きたいから。何度でも勇気を出して飛び込みたいと思っています。
怖さや不安を受け入れ、それでも「好きなこと」を選ぶKUNIKAさんの等身大の姿に、勇気をもらいます。
今一番やりたいことは、「ロンドンと日本でアイシングクッキーの個展を開くこと」なんです。直感的に「その先、絶対に何かにつながる!」という予感がするので。
今からとても楽しみです!
仕事と育児と作品づくりの両立は、容易ではないけれど「そのとき」が来たらいつでも飛び込めるように、“新しい冒険”に漕ぎ出す心の準備はしておこうと思います。
編集部のここが「#たしかに」
「もしよろしければ、ロンドンで直接お話を伺えませんか?」
思い切ってKUNIKAさんにメールを送ったのは数ヶ月前のこと。
「本当に行くの?本当に……?」
自分で決めたにも関わらず、心臓がバクバクとうるさいほどに鳴り、送信ボタンを押す手は緊張で湿っていました。
オンラインで地球の裏側の人とつながれる時代に、わざわざ飛行機に乗り、直接会ってインタビューをしたいと思ったのは「“好き”に飛び込む勇気をもらいたい」と、誰よりも筆者自身が強く思っていたからかもしれません。
20代後半の今、筆者が見えている景色は、不安要素で溢れています。結婚、出産、働き方といった人生の大きな岐路だけでなく、日本の経済や政治、環境問題、資産運用……。など、好きなことを諦める理由は、星の数ほどある。“現実”を見て、という言葉はいやでも耳にこびりつき「なるべく安心安全なところにいるのが一番だ」と恐怖心が顔を出します。
でも同時に、心の声がささやくのです。「本当にいいの?」と。
そんなときにインタビューをしたいと思ったのが、KUNIKAさんでした。
好きを諦めることに慣れちゃいけない。勇気を出す人生の喜びを見失ってはいけない。
例えそれが困難な道や逃げ道だとしても、冒険をしながら生きてきたい。
取材を終え、ふと顔を上げると「ここに来なければ絶対に見れなかった景色」がありました。「好き」を選んで挑戦したからこそ見れた景色が、広がっていたのです。
達成感で胸いっぱいになりながら、笑みと涙を同時に浮かべながら、颯爽と歩いたロンドンの街並みの美しさを、一生忘れないでしょう。
“その先”の景色を楽しみに、次の扉を開けよう────
取材・執筆:貝津美里 編集:#たしかに編集部