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合理性の追求はヒトを幸せにするか 川上教授が模索する“不便だけど、いい世界”とは

不便益の視点が、社会の分断を減らす可能性

たしかに編集部ではなぜ、人間はそもそも合理性や利便性を追求したがるのでしょうか。

川上さん楽をしたいからでしょう。仕事を効率化して、簡単にお金が欲しい。家事の時間を短縮して休憩を増やしたい。そうしたニーズに応えるように、科学技術は進化します。私が思うに、日本人は「楽(らく)」と「楽しい(たのしい)」に同じ漢字をあてたのは失敗だった。合理主義が「楽」を生む一方、不便益は「楽しい」を生むからです。

たしかに編集部楽をするのも大切ですが、それだけだと楽しくなくなる。人生には不便益も大切ということでしょうか。

川上さん大切というより、必要なのだと思います。例えば近年、インターネットの普及により、闇バイトや犯罪に少年たちがアクセスできるようになっています。簡単にモノやお金が手に入るという思考が原因とも考えられますが、便利さにより自分で考えなくて済む状況で育ったら、無理もないと思うんです。

たしかに編集部近年話題になっている社会的な分断にも、不便益は関連しますか。

川上さん「限定合理性」という言葉があります。ある範囲に限定すれば合理的だが、より範囲を広げると、合理的でなくなる論理です。分断で問題になるのは、限定合理性に思考がとどまり、広い視野から物事を見られず、相手の立場を考えられなくなること。不便益は、合理性の外側まで見方を広げる視点をもたらしてくれます。限定的な思考を広げる上でも、少しは役立つのかもしれません。

たしかに編集部広がりのある思考力を失ったこと自体も、合理性の追求と関係しているのでしょうか。

川上さん昔の不便だった社会には、無意識のうちに思考するチャンスが、あちこちに散りばめられていたんです。例えばスマートフォンを持たずに東京から京都へ移動すると、結構思考を使うはずですね。スマホを見て歩くのでなく、街の風景が視界に入るだけでも、心は豊かになります。こうしたチャンスが、合理性の追求によって失われているのでしょう。

たしかに編集部そう考えると少し怖いですね。そこに不便益システムが導入されると、良い方向に改善しそうです。

川上さん思考や娯楽はもちろん、健康面でも有効かもしれません。山口県のリハビリ施設「夢のみずうみ村」では、「バリアアリー」という工夫をしています。段差や坂など、日常的なバリアを意図的に館内に配置することで、高齢者が身体を回復させる仕組みで、バリアフリーの逆転の発想です。また近頃、散歩を趣味とする人が増えましたが、不便益を享受できる素晴らしい習慣です。一方で、お抱え運転手付きの車でスピーディーに移動し、空いた時間にジムに通うのは合理的ですが、不便はほとんどありません。

たしかに編集部ちょっと不便な物事がある方が、思考や身体が拡張される。未来を良くする可能性があるということですね。先生が今後目指す、不便益な世界について教えてください。

川上さん全てのモノには、一番の目的である“メインファンクション”があります。テクノロジーはメインファンクションを追求するあまり、副次的な要素である不便益を犠牲にする傾向があります。例えば、自動車のメインファンクションは“移動”ですが、副次的には“ドライブの楽しさ”もあるわけです。しかし本当に自動運転が実現されれば、その楽しさは失われるでしょう。渋滞緩和のために、手動運転禁止区間なども設けられるかもしれません。そんな社会って、ちょっと嫌じゃないですか。だから私は、不便益を許容できる世界をつくりたい。“自分でやる”楽しさも残せるような、包括的なシステムを築いていきたいと考えています。

編集部のここが「#たしかに」

時代の流れと逆行するような斬新な理論を、笑いながら語る川上教授。全く新しい世界のようで、どこか心から共感できるような、不思議なヒントが隠されていました。

科学やテクノロジーの発展は、今後も止まらないどころか、むしろ加速していくのでしょう。個人や社会が盲目的に、その流れに追従するのではなく、副次的な視点を持ちながら生きることも必要なのかもしれません。

ちなみに川上教授のモットーは、スマホを持たないことだそうです。私たちも身近な生活から、不便益に触れる習慣を身につけると、少し良い方向に進めるのではないでしょうか。

 

取材・執筆:相澤優太 撮影:布川航太 編集:#たしかに編集部

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